ルーツ

  • 2019.01.12 Saturday
  • 23:55

親戚がこないだの年末に家を大掃除したとかで沢山の写真が出てきた様です。
私の手元にも何枚か来ました。




それは古い写真で、私が産まれるずっとずっと前。




高校生の頃に好きだった先輩に『人の巡り会いってやっぱりとっても小さな確率の、すごい事なんだと思う!』って温度高く伝えたら『言い出したらキリないよ』と一蹴され。


『そそそそそーなんだけどぉ…』とモゴモゴして終わった甘酸っぱい記憶がございますが。


この年になってもなお、やっぱりそれはすごくそう思うのです。飽きずに。

ただ『確率』とかっていう数字的なものもそうなのですが…それだけじゃなくて(さて、今夜はちゃんと書きたい事が書けるでしょうか。皆さんもどうぞ一緒に行く末を見てみて下さい。)

それぞれの人生があって、その人生はそれぞれ愛おしいものであって、どこかのタイミングで重なって近くもなるし、また離れる時もあるし、

私が産まれるずーっと前の人達にもそれぞれの想いや人生があって、稀有な出会いがあって、また愛を育んだり、翻弄されたり、

そうやって巡って巡って、今この2000年代に私も東京の片隅で生を営んで


と思うと(雲行きが既に怪しいです。)

と思うと(ここからが本番です。)

と思うと(どーしましょ)



丁寧に生きたいなと思います。
(不時着。)




結局何が言いたいかって、この1番右側が私のお爺ちゃんで




背の高い女の子が私の母。


↑母の横の日本人はお婆ちゃんで、小さい子らは母の弟妹。


私はこの世代に命を預かった者です。

丁寧に生きるのです。
(不時着2)
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