大きな誰か

  • 2020.06.28 Sunday
  • 03:04
まるでデイダラボッチが草の上に座っていたみたい。

風の威力たるや。





雨風がとっても強い時って川の鳥達はどこで雨宿りしてるんだろう。

雷が来るよ

  • 2020.06.28 Sunday
  • 03:01
というかもう雷鳴ってました。


まだ雨降らなさそうだし、行っちゃえーと歩きに行った時の空。

ものすんごいコントラストです。
格好いい。








雨には降られませんでしたが、ゴロゴロが凄くて耳がキーン!でした。


雨雲がこんなに濃い灰色になってくると、周りの景色が浮き彫りになってくるのね。素敵。

indoor vs. outdoor

  • 2020.06.28 Sunday
  • 02:51




ソーシャルディスタンス。




ガラス一枚隔たれてるけど、きっと仲良しなのね。

吐き出しです。

  • 2020.06.28 Sunday
  • 02:41
どうしても私はどこかに、労ってほしい気持ちや、分かってほしい気持ちなんてものがずっと心の中に蔓延していて、

そうすると気付くと、自分に空いた穴を埋めるのに必死になってるんですね。

いつだって主語は『私』になってしまうのですね。


そうなると苦しいです。
その時はそんな風に自分で理解できていないのですが、相手に自分の穴を埋めてもらおうと必死になってるんですね。


でも苦しくて苦しくて、
何がいけないのか、とか、どうして分かってもらえないんだとかそんな気持ちばかりが渦巻いて、それはもう、苦しいです。


他人に毒付いてみたり、詰ってみたり、私こんな嫌な思いしてるんだよ、とか、こんな大変な中頑張っているんだよとか、直接的にそういう言葉をぶつけないまでも、根底にはそういう気持ちがずっとありました。


でもふと、時間も経って、頭の中もショートして、心もだいぶショートして煙をプスプス出して、あぁ自分が救われることばっかり考えてたなと思った時に、主語を自分じゃない誰かに変えて考えてみたら、少し雲が晴れたような気持ちになったのです。



先人達は『奉仕』という言葉を使って、それを諭していたりしたことに今更ながら気付いたけども、

その言葉に会った時にはまだ奉仕という言葉が仰々しく感じてしまって自分にも繋がる言葉だなんて思いもしなかった のだけど

人に優しくあれば結局は自分も苦しくなくなるって、みーーーーんな言ってるのはそういう事かと、38歳を目前にようやく心で理解し始めた気がします。


『人に優しく』というのは小学校の道徳の授業の時から言われ続けていた事なのに、理解するのにだいぶ時間が掛かりました。


誰かや何かを詰るのは一種の依存のようなものだなと思いました。



もう、やめやめ。
気持ちが楽ちんな時間を過ごしたいです。



お休みなさい。

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